知られざる北欧家具の歴史【後編】

知られざる北欧家具の歴史【後編】

知られざる北欧家具の歴史【後編】です。

それではいきましょう

画像付きの解説はこちら

デンマーク家具の黄金時代へ

 

 

アメリカの雑誌「interiors」1950年2月号でデンマーク家具の特集記事が掲載されます。

誌上ではピーコックチェアやシェルチェア・チーフティンチェアが紹介され、これをきっかけにモダンで温かみのある北欧デザインがアメリカに広く知られるようになります。

 

54年から57年にかけてアメリカとカナダの24の美術館を巡回した展示会は6万5千人以上を動員し、北米市場におけるデンマーク家具の人気を定着させます。

 

 

当時ニューヨークの5番街で銀細工ブランド、ジョージ・ジェンセンの輸入代理店を営んでいたデンマーク移民のフレデリック・ルニングは、スカンジナビアのハンドクラフト製品を販売しました。

 

1951年、彼は北欧出身のデザイナーを対象にした「ルニングプライズ(ルニング賞)」を創設し、受賞者は賞金で国外へ勉強に行くシステムになっていました。

 

第一回目の受賞者はすでにコペンハーゲンの家具職人組合が催す展示会で注目を浴びていたデンマーク人デザイナーのハンス J.ウェグナー

 

現在において家具デザイナーとして最も成功した人物のひとりです。

(椅子の神様とも呼ばれています)


 

ウェグナーもコーア・クリントの「リ・デザイン」ー過去の歴史・様式を見直し、それを時代の需要に合うように再構成するーという方法論を受け継いでいました。

 

古い概念を壊し、斬新な物をデザインするモダニズムが主流となっていた時代において、ウェグナーの生み出す家具は大胆な形状と高い機能性を持ちながら、人間らしい温かみのある作品に仕上がっていました。

 

そのクラフトマンシップを象徴する家具として「チャイニーズチェア」が挙げられます。

この「チャイニーズチェア」は中国・明時代の椅子である、圏椅(クァン・イ)にインスパイアされて生み出されました。


 

そしてその後もウェグナーは、より強く、量産できる椅子を求めて改良に改良を重ねていきます。

 

1950年に発表された「Yチェア」(CH24)は後に世界で最も売れた椅子となり、同時に世界で最も有名な椅子となりました。


 

「ザ・チェア」(JH503)は1960年に民主党のケネディ氏と共和党のニクソン氏の、大統領選初のテレビ討論で使用され、一躍有名になりました。


北欧家具の4大巨匠たち

 

ハンス J.ウェグナー、ボーエ・モーエンセン、フィン・ユール、アルネ・ヤコブセン。

彼らは先人のクラフトマンシップを引き継ぎながら、時にアメリカンミッドセンチュリーと融合し、新たな潮流を生み出しました。

北欧家具の4大巨匠として名が挙がるこのデンマーク人デザイナーたちの代表作をもう少し挙げていきましょう。


 

イージーチェア ーフィン・ユール

 

イージーチェアは全体を包み込むなめらかな曲線と、流れるような流麗な肘掛のフォルムはペーパーナイフにも例えられるほど美しく、この独創的な肘掛けから、「世界一美しい肘掛を持つ椅子」と称えられました。彼の作品はデンマーク家具デザイン業界においても異彩を放っており、時にマイスターたちからの批判を浴びながらも生涯独自のアプローチを貫き通しました。彼の生誕100年を記念するイベントが2012年に東京でも開催されたことは記憶に新しいところです。


 

エッグチェア ーアルネ・ヤコブセン

 

エッグチェアはその独特のフォルムによって、住宅ではまるで身体が包み込まれるような安心感と、パブリックスペースではプライバシーを与えてくれます。ヤコブセンはガレージでワイヤーと石膏による試作を繰り返し、シェルの完璧なフォルムを追求しました。自身が設計したSASロイヤルホテルのロビースペースのためにデザインされた、北欧デザインを代表する作品のひとつです。


 

シェーカーチェア ーボーエ・モーエンセン

 

別名「ピープルズチェア」(みんなの椅子)とも呼ばれるシェーカーチェアは、戦後間もない物資の時代において、良質かつ誰でも購入できるリーズナブルさ、そしてシンプルで主張しすぎないフォルムを求めて、5年の歳月を費やしながら開発されました。キリスト教の一派であるシェーカー教徒の厳格ながらも美しく質素な自給自足の生活からインスピレーションを受けて誕生しました。


デンマーク家具の衰退期

 

 

北欧家具は1940年代から60年代に黄金期を迎え、そして70年代以降、長い衰退期に入っていきます。

 

衰退期の要因はいくつかあり、元々小規模であった工房にオーダーが殺到したことでこれまでのように家具デザイナーと建築家が協力して新作を開発する余裕がなくなってしまったことや、工場での大量生産への移行により腕の良い後継者が育たなくなってしまったこと。

 

そして60年代後半から流行したヒッピーに代表されるポップカルチャーの台頭、ポストモダンのムーブメントが衰退に拍車をかけます。

 

IKEAのようなカジュアルでコストパフォーマンスを追求した家具が若い世代に受け入れられ始めたことも強く影響しました。

 

かつて隆盛を誇った家具メーカーは次々と廃業や倒産・買収に追い込まれていきました。

 

デニッシュモダンは1970年代から90年代初めにおいて、多くの人の目にすでに旬を過ぎた過去の遺物として見做されるようになったのです・・・。

 

 

デニッシュモダンの再評価と北欧家具のさらなる進化

 

 

しかし時代の潮流はやがて変化していきます。

 

1990年代中頃、ポストモダンやハイテクといった前衛的なものに食傷気味となった人々の目は、再びオーガニックでミニマルな北欧デザインの魅力に気づき始めます。

 

それまで倉庫に山のように積まれていたヴィンテージ品がひとつまたひとつと売れていき、やがて価格が高騰して手に入らなくなっていきました。

 

この再評価の流れは2000年代に入ってさらに加速し、インターネットやメディア・雑誌を通じて、世界的に北欧インテリアというジャンルの定着を決定的なものにします。

 

コーア・クリントに始まったデニッシュモダンは、潮の満ち引きを思わせるトレンドの洗礼を受けながらも、ここに初めて恒久的なカルチャーの一部となったのです。

 

その後、IKEAのようなローコスト家具と黄金期に作られた高価な家具の二極化になりつつある状況に、起業家たちが目をつけました。

ノーマンコペンハーゲンやHAYといったデンマークの新設ブランドは、低価格とは言えないまでも庶民にも手が届く範囲の価格で、高品質かつ高いデザイン性の家具を市場に送り出しました。

 

彼らは若いデザイナーを積極的に起用し、家具だけでなく生活用品もプロデュースしました。



 

新世代メーカーとそれまでの老舗家具メーカーの大きく異なる点は、設立当初から製造を国内外の工場に外部委託していたことです。

自社の生産力やノウハウに縛られることなく外部と連携し、幅広いラインナップによって総合的にライフスタイルを提案できたことは、長らく閉塞感のあった北欧家具業界に新風を吹き込みました。

 

 

復刻生産という新たなブーム

 

2000年以降のもうひとつのトレンドが黄金期家具の復刻生産です。

 

復刻生産に対する考え方はメーカーにより様々で、工作機械を用いて効率的に生産するメーカーもあれば、できるだけ黄金期と同様の加工方法にこだわって復刻を行うメーカーもあります。

日本でも岐阜県に本社を置くキタニがライセンス契約による復刻生産を手がけており、そのほとんどの過程を手加工によって仕上げています。


 

また残念ながら、正規のライセンス手続きを行わずに販売されている模倣品も少なからず日本の市場に出回り問題となっています。

 

1940年代からの、ましてや海外の家具デザインを法律的観点から全て保護するのは難しく、インターネットを中心に、リプロダクトやジェネリックなどの名称で、権利を無視したものや、本来の品質に劣る模倣品が安価に販売されています。

 

しかしそれら安価なコピー品によって北欧デザインが人々の手に入りやすくなったことで、本物の価値がより数段高みに上がったという見解もあります。

 

 

受け継がれるクラフトマンシップ

 

デンマークを中核とする北欧家具の歴史は、現代においても世界の優秀なクラフトマンたちによって脈々と受け継がれています。

 

素材やフォルムへの探究心と人々の暮らしに対する深い愛情、そして執念とも呼べる「リ・デザイン」の精神が今日の北欧家具を世界中に広めました。

彼らのクラフトマンシップは実に半世紀の時を超え、私たちに豊かな暮らしを提案し続けています。

 

それでは動画の最後にハンス J.ウェグナーの言葉で締めくくりましょう。

 

「人生でたった一脚のよい椅子をデザインできるか・・・いやそれは到底無理な話だよ」

Hans J.Wegner (1914-2007)


 

いかがだったでしょうか?

リノベーションとも相性の良い北欧家具は、筆者である私も大ファンのひとりです。

 

ボリュームのある内容だったので、今回は前編・後編に分けて北欧家具の歴史を解説していきました。

知れば知るほど魅力が深まるヴィンテージ家具は、世界中で熱狂的なコレクターを今なお生み出しています。

いつかは本物のデンマーク家具を自宅に置いてみたいものですね。

 

 

 

参考資料

「流れがわかる!デンマーク家具のデザイン史」

著:多田羅景太 誠文堂新光社

施工事例